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2010年05月 アーカイブ

2010年05月01日

雑誌の購読よりノートを作ることを勧める

調停のトレーニングのときは、やる気が出るのだけど、持続しない。どうしたらいいか、と、よく聞かれる。
あるいは、どういう文献を読むのが良いのかも聞かれる。雑誌を購読するなら何がいいでしょうかとか。

その都度いろいろ応対していたのだが、最近考えたのは、むしろ、ノートを作ることではないかとおもった。
ノートには何を書いても良いが、ルールとして、「後で読み返して分かるように」書く。これがけっこう大変である。例えば打合せなどで備忘用にとるノートとは目的が違うので、勉強用のノートは分けた方がいい。

わたしは研究しているので、当然ノートは作っているが、いろいろ試行錯誤をしている。
まずは始めることが大事だと思う。

パソコンなどで書くのと、紙でアナログに書くのとがあるが、特に、紙で書くのをお勧めしたい。
何かを読んで覚えておきたいということを書き留めておくのもよいが、むしろ、自分が考えたことを端的に書いておく方が役に立つと思う。また、わかったことだけでなく、わからないこと、気になることを書くのもよいとおもう。

結城浩さんの文章参照:
勉強日記の書き方
あなた自身の航海日誌

2010年05月03日

金時山登山

家族で金時山にハイキングに出かけた。
頂上からは富士山が間近に見えて良い眺め。
金時神社の近くのゴルフ練習場の有料駐車場に車を泊めて、1時間40分くらいかけてゆっくり上った。
小四と小二の息子達と行くには、手頃な距離でよかったとおもう。

帰りは、小田原まで渋滞で疲れたが。

箱根ハイキングコース

2010年05月06日

財産開示手続

日弁連・財産開示手続に関するアンケート調査結果(PDF)

弁護士の6割が罰則強化を求めている。

リンク元:
弁護士業務総合推進センター

2010年05月07日

こんな日弁連に誰がした

小林 正啓 (2010) 『こんな日弁連に誰がした?』, 平凡社.

司法制度改革で、なぜ弁護士数の増加を日弁連が受け入れ、推進さえしたのかという分析をざっくりと読める。
もともとブログとして書かれていたものの書籍化。大阪の弁護士実務家が著者。
公表資料ベースに書かれていてとてもわかりやすい。

日弁連が司法官僚に敗北したということがこの本のメインのメッセージだが、司法制度改革において司法官僚が果たして勝利したかというと、それは別問題ではないかとおもう。
この本では、矢口洪一の行動は、対行政という意味での裁判所の地位が主たる関心があるとする。
だとしたら、司法予算を大幅に増やすことには失敗した司法制度改革は、司法官僚にとっても失敗と呼べるのではないだろうか。

というようなことは、実務家に任せるだけでなく、法社会学の分野でも研究すべきテーマなんだと思いますが・・

2010年05月08日

ごごネタ!カラダTV

hicbc.com:ごごネタ!カラダTV |ADR

司法書士会が作成に関わった模様。
調停・ADRを短く説明するのは本当に難しいとおもう・・が。
なぜこういう事例を選択することになったのだろう?

2010年05月10日

法社会学会大会@同志社大学

ことしも両日参加してきた。

二日目の午前のセッションで、訴訟行動調査の報告があった。
京都法テラス所長の出口治男先生と、学習院大学の大島崇史先生(元裁判官、弁護士)がコメンテーターで、実務家としての実感を交えてコメントがあった。

特に自治体が主催して弁護士が行っている法律相談の満足度が非常に低いということが調査の結果、明らかになっている。
利用者にとって、受任してもらってしっかり仕事をしてもらった場合には弁護士にも訴訟手続にもそれなりに満足をするが、そこまでいくのに敷居が高いと感じており、経済的に豊かでも弁護士の知り合いがいないと利用したがらないという傾向があるという話も紹介されていた。

出口先生は、弁護士会内で、法律相談が減っているという危機感があるという議論を紹介していた。法律相談減少の原因が、法テラスによる”民業圧迫”にあるという<批判>もあるのだそうだ。
大島先生は、弁護士は法律相談で対応した話を受任したがらないという実情を紹介していた。
弁護士にとって、法律相談の場が、クライアントを門前払いするところに陥っていながら、相談が減っているのは法テラスのせいだ、あるいは・・、などと他者を批判している状況にあるようだ。

調査の中で、自治体法律相談の利用者は、経済的に余裕がないわけでなく、知的にも低いわけでないという状況を紹介していた。
つまり、潜在的な顧客候補を逃がしていると言えそうだ。

法律相談を受ける弁護士だけが悪いとは言えないはず。受任しても割に合わないだろうという直感は個別的・ミクロ的には正しい可能性が高いと思われるからだ。しかし、もう少し全体状況的・マクロ的に見ると、潜在的な弁護士利用者を弁護士が行う法律相談の印象で取りこぼしている可能性もまた高いと思われる。
マクロ的に見れば門前払い的な役割に過ぎなかった「過去の法律相談」が充分に改革できていないのではないのかという印象を持った。このあたりは検証されなければならないと思う。

2010年05月11日

自由と生存の家

自由と生存の家実行委員会 - 自由と生存の家

2010年05月12日

Journal@rchive

法社会学(法社会学会)

法制史研究(法制史学会)

法哲学年報(法哲学会)

法哲学四季報(法哲学会)

2010年05月13日

1920年代から30年代にかけての弁護士数の変動

ヘイリー J. O. (2002) 『権力なき権威 -法と日本のパラドックス-』, (財団法人判例調査会), 財団法人判例調査会.

日本では1920年代から1930年代の始めごろに弁護士の数はピークに達し、1920年に3,082名であった弁護士数が1932年に7,000名に達した。議会における弁護士の政治的な影響力も高まった。その理由は明らかではないが、1930年代の中頃になると弁護士の数は急減し、1934年の7,082人であったものが、1938年には5,000名を下回っている。1934年から1938年までの間に日本の弁護士のほぼ3分の1近くがその仕事を辞めていることになる。 P125

現代の司法を取り巻く状況は、戦間期(1920年代から30年代)と似ていると思える。
陪審員制度も調停制度もこの時期にはじまっている。
上記のような弁護士数の激変も経験している。

歴史に学ぶ必要があると思う。

2010年05月14日

労働審判についてのセミナー

菅野和夫先生による労働審判制度についてのセミナーが社研であったので出席してきた。
菅野先生は、現在、中央労働委員会に在籍しておられるのだそうだ。

労働審判制度は非常にうまく機能しているようだ。
利用者から見て、労働者側の調停人なのか、雇用者側の調停人なのか最後までわからなかった(それほど公平に進められていたということのようだ)というエピソードも紹介されていた。
年間二千件を目処に制度設計されたが、すでに3500件を超えているという。
事例を多く調べていると、「労働法学者の精緻な議論をあざわらうかのような、公然とした労働法無視の現実」に直面することになったという話も紹介されていた。

この制度がうまく行きすぎていて、解雇事件等で判例が形成されなくなってきているという懸念も紹介されていた。
もうひとつの課題として、企業内の紛争処理については、司法型はもちろん行政型も受け皿になっておらず、企業内の相談窓口はほとんど機能していないという議論もされていた。

東大社研:雇用システムワークショップ

過去のエントリー:ジュリスト増刊:労働審判

裁判所 | 労働審判手続

2010年05月18日

早稲田総研実践入門編・終了

5/14-15の2日間のセミナーの参加者は8人だった。(市ヶ尾小町さんにヘルプをしていただいた。)
どうも告知・広報があまりうまくいかない。
「コンフリクトマネジメント・セミナー」というタイトルがわかりにくく、「法律コース」という名前でメディエーショントレーニングをやっているので、さらにわかりにくくなっているようだ。
いろいろ経緯があり、すぐにタイトルを変えられないようだが。
どうしたものか。

北は秋田から西は広島まで、全国から参加いただいた。単一士業に限らないことと、また、わざわざ自分で申し込まれる方ばかりであり、とてもやりやすく、楽しかった。今回は、NTTユーザ協会の「もしもし検定」の関係の方が3人申し込んで下さった。研修講師をされている方は、調停ロールプレイなどでも、場と参加者の気持ちを掌握する能力にすぐれている。資格がないひとがうまく調停をするのを見て驚いていた法律専門職種の方もいた。

6月は実践中級編

7月は仲裁人協会の3日間のセミナーもある。

似たようなことばかりやりすぎだろうか?

2010年05月20日

目覚めよ仏教

上田 紀行 (2007) 『目覚めよ仏教!―ダライ・ラマとの対話』, 日本放送出版協会.

上田紀行がダライ・ラマを、亡命の地であるインドのダラムサラでインタビューした本。

「慈悲を持って怒れ」とか、「良い執着と悪い執着がある」といったことが話されている。それ自体興味深い。平和主義がたんなるあきらめに陥らないようにするにはどうしたらよいかについて、話がされている。

「訓練して、心を鎮める」のが仏教の修行として大事であるという話も何度も出て来る。
こう、なかなか、心が鎮まらない凡夫といたしましては、どう訓練するのか、とても興味深い。

2010年05月21日

養育費トラブル増加

asahi.com(朝日新聞社):養育費トラブル急増 離婚夫婦の調停件数、戦後最多に - 社会

養育費相談支援センター(FPIC)

Q&A(よくある質問集)

さすがにQ&A集も詳しい。

2010年05月23日

鞆架橋メディエーション会議

広島の鞆での橋建設をめぐるメディエーション。

大澤恒夫弁護士・教授(横浜桐蔭)、桑子敏雄教授(東工大)の参加が注目される。

読売新聞:鞆事業 住民協議 結論 知事どう導く
広島県知事記者会見平成22年4月28日(水)
日刊 鞆の浦新聞:5月 15日、鞆架橋メディエーション会議 5月 15日

広島県・湯崎英彦知事の発言。


 進め方のイメージですけれども,これも繰り返しになりますけど,仲介者の方々に基本的にはお任せをするんですけれども,メディエーションのプロセスですから,一般的に言うとですね,橋を架ける,架けないというところで確かに対立しているんですが,今回の名前でもご理解いただけるとおり,架橋協議会ではないんですよね。
 もともと鞆における課題というのは,共有されている部分というのはたくさんあるわけですから,課題が何かというところからもう一度掘り起こしてですね,そこからだんだんと積み上げていくと。例えば下水道はどうなのかとか,あるいは渋滞の問題はどうなのかとか,あるいは歩行者と自動車の分離の問題はどうなのかとかですね,そういういろんなことがあるわけですね。
 それに対して,どう交通規制をかけることができるのかできないのかですね,どういう効果があるのかとか,そういった個別具体的な課題だとか,それに対する対応方法っていうのがあるわけですから,そういったことについて共有できる部分を積み上げていって,最終的には,道路が全くないというわけにはいかないでしょうから,これらの課題を全部クリアしていく上でですね,これについてどういう方法があるのかということを,最終的には結論を得たいというふうには思っております。

2010年05月24日

JMC総会

5/23に、JMCの総会とフォーラムに参加してきた。

「メディエーション研究」という研究論文誌を創刊したということだった。
(JMCから一部1000円+送料で買えるそうです。)

聞けなかった、Alone in Londonの講演録が採録されていて、勉強になる。
仕事を求めて家を飛び出してしまった、もしくは、ホームレスになってしまったという若者と、その家族の話し合いを仲介するサービスを行っているそうで、確かに日本でもニーズがありそうに思える。

Durowoju, Babs (2010) "世代間メディエーション(講演録)", メディエーション研究, 1, 3-23.

JMCフォーラムでは、マンション管理士のかたが、行政窓口に寄せられた相談の一例を紹介して下さった。騒音トラブルだがメンタルなトラブルを抱えている方の事例で、かなり重たい内容だった。確かに、法律でも、単なるカウンセリングでも難しそうな、しかし、何かできることがありそうな事例だった。

日本でも、メディエーションが、様々な可能性があるという段階での議論はそろそろ終わってきていて、具体的な問題解決のための動きとして結果を出せるかどうかが試される時期に入ってきたような印象を持っている。

何でもできますというような大きなことは言わずに、少し役に立てる場面があるということを具体的に示せるかどうか。限られたリソースを次につなげられるかどうかがポイントだろうとおもう。

2010年05月25日

高野耕一氏死去

高野耕一氏死去 元福島地裁所長:京都新聞

パン屋のあるじ説の元裁判官・高野耕一氏が今年の一月に亡くなっていたそうだ。

2010年05月26日

7/10仲裁ADR法学会・予定

第6回仲裁ADR法学会大会案内 (Japan Association of the Law of Arbitration and Alternative Dispute Resolution)

金融ADRが扱われるようだ。

2010年05月27日

大正デモクラシー期の法と社会

伊藤 孝夫 (2000) 『大正デモクラシー期の法と社会』, 京都大学学術出版会.

末弘法学を典型とする、大正デモクラシー期の法学は、一方では法秩序の<現代法化>への課題に応えようと試みつつ、他方ではまた、こうした国家的価値の膨張の試みに反駁し、個人の自由を保障する近代市民法的秩序を擁護するという課題にも取り組まなければならなかったのである。 P104-105

京大の法制史の教授の本。第一章は、大正期の調停立法について詳しく書かれている。わたしにとって関心の深い穂積重遠の扱いが軽かったが、末弘厳太郎の小作調停と労働調停への考え方などはかなり詳しく書かれていて、また、牧野英一の扱いはそれなりに詳しくて勉強になった。

わたしは1920年代の大正デモクラシーとしての調停制度と30年代以降の戦中体制としての調停制度とでは断絶があるという見方を持っているが、伊藤先生も、「二〇年代の文脈においては、この概念(引用注:協調主義のこと)が有していた積極面に意義を認めるべきである、というのが私の見解である(P109)」と書かれていて、納得した。

2010年05月28日

新しいADR論3

会報 - 日本行政書士会連合会

入江 秀晃 (2010) "民間調停機関のスタンスをどのように定めるか (新しいADR論 3)", 月刊日本行政, 451, 22-27.

しばらくPDFファイルを置いておきます。↓

PDF

毒にも薬にもならない話とは違うとはおもいます。
毒にしかならないと、いやだなぁ、とはおもいます。

2010年05月30日

事例から見た江戸時代の紛争解決

渡辺 尚志 (2009) 『百姓の主張―訴訟と和解の江戸時代』, 柏書房.

現在の千葉県茂原市北塚という場所に当たる「北塚村」の村でのもめごとを丹念に紹介しつつ、その背後にある江戸の村や百姓の状況を解説していくというスタイルの本。

資料に基づいての説明だが、現代語訳された紛争当事者の言い分が面白く、公事宿とよばれる裁判手続専門家が暗躍しようとして見破られたり、展開がヴィヴィッドで引き込まれる。
公事宿は、代書手続とともに、裁判期間中の宿泊サービスを提供していた宿屋も兼ねていたそうだ。

江戸時代の農民というと無知で無学という先入観が出そうだが、実態はかなり違うという。文字を読み書きできる人もそれなりにいたようで、書面の記録があるからこそのトラブルが、この本で出て来る最初の紛争のきっかけになっている。

2010年05月31日

認知行動療法が健康保険の対象に

[解説]うつ病の薬物治療 : 医療ニュース : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)

このニュースは、カウンセリングの制度化、ビジネス化にとって非常に大きなインパクトを与えるかも知れないとおもった。

カウンセラーと医師の関係は、隣接士業と弁護士の関係と似ているところもある。
(健康保険にあたるしっかりしたビジネス上の基盤が、日本の弁護士には「ない」ところが違うかもしれないが。)

この制度変更がきっかけで、医師がカウンセリングにもっと本格的に取り組むようになるのか、カウンセラーのうち認知行動療法ができるものが病院に入っていくのか、・・どうなるんだろうか。

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