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2013年01月 アーカイブ

2013年01月17日

本:チェックリスト・マニフェスト

今年もよろしくお願いいたします。

ガワンデ, アトゥール (2011) アナタはなぜチェックリストを使わないのか? : 重大な局面で“正しい決断"をする方法, (吉田 竜), 晋遊舎.

仕事におけるチェックリストの勧めというと、なんだかしょーむないビジネスハック本みたいな響きがあるが、とても面白かった。

さすが、Dr.Haraが拾いものとおっしゃるだけのことはある。:The Adventures of Dr.Hara: チェックリスト

著者は、外科医として、手術における質の向上に取り組んでおられる方。
インド系のアメリカ人外科医で、ハーバード大准教授。

手術の世界では、数十年前までは素朴な知識によって人が救われるという状況だったが、ここ数十年で知識の質量は劇的に増大した。にも関わらず、それを適切に現場で活用することがされていなさすぎるという問題意識が筆者にはある。つまり、不確実状況下における意思決定支援として、素朴なチェックリストが非常に有効、それを布教してまわるぞ、という本。

邦題では、「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」と個人を対象にしているように見えるが、筆者が対象にしている手術の現場は、外科医、麻酔科医、看護婦などの役職の異なるメンバーからなるチームワークが要請されるところである。わたしが特に興味を引かれたのはこのあたりだ。チェックリストが要請する、ごく限られた「名乗り」や短いブリーフィングでもコミュニケーション改善効果があり、それがミスを減らす働きをもたらすようである。社会心理学でいう「受容懸念の解消」というようなことかもしれない。現場の権力関係を変えうる。だからこそ、チェックリストに対する抵抗も大きくなるのだが。ミスが減るだけでなく、離職も減るらしい。

ダメなチェックリストについても記載があった。時間がかかりすぎる、現場からのフィードバックが効いていないものはダメである。巻末には、チェックリストについてのチェックリストが付属。英文版はこちら

 チェックリストは手間がかかるし、面白くない。怠慢な私たちはチェックリストが嫌いなのだ。だが、いくらチェックリストが面倒でも、それだけの理由で命を救うこと、さらにはお金を儲けることまで放棄してしまうだろうか。原因はもっと根深いように思う。私たちは、チェックリストを使うのは恥ずかしいことだと心の奥底で思っているのだ。本当に優秀な人はマニュアルやチェックリストなんて使わない、複雑で危険な状況も度胸と工夫で乗り切ってしまう、と思い込んでいるのだ。
 「優秀」という概念自体を変えていく必要があるかもしれない。P198

 人々が手順を充実に守らない理由の一つに、硬直化が怖い、というのがある。機械的にチェックを行っていたのでは現実に対処できなくなる、チェックリストばかり見ていると心のないロボットのようになってしまう、と思い込んでいる。だが実際には、良いチェックリストを使うと真逆のことが起きる。チェックリストが単純な事柄を片付けてくれるので、それらに気を煩わせる必要がなくなる。昇降舵がセットされているか……などの問題をいちいち気にしないで済むのだ。その分、どこに着陸するべきか、などの難しい問題に専念できる。
 私が見てきた中でも、ひときわ洗練されたチェックリストを一つ紹介しよう。単発のセスナ機での飛行中に、エンジンが停止した時のためのチェックリストだ。……このチェックリストには、エンジン再始動の方法が六つの手順に凝縮されている。燃料バルブを開く、予備燃料ポンプのスイッチを入れる、などだ。だが、一つ目の手順が最も興味深い。そこには「飛行機を飛ばせ」とだけ書いてあるのだ。パイロットは、エンジンの再始動や原因の分析に一所懸命になり、最も基本的なことを忘れてしまうことがある。「飛行機を飛ばせ」硬直した思考を解きほぐし、生存の確率を少しでも上げるためにそう書いてあるのだ。
P203

著者によるTEDでのプレゼンもある。

アトゥール・ガワンデ: 医療をどう治すか? | Video on TED.com

2013年01月18日

調停委員の研修がマイナスになるとき

以下の文章はいつ頃書かれたものでしょうか?

 近ごろ調停委員の間には研修が盛んである。そのことはもちろん結構である。調停の手続や、関係法律の大筋を知ること、あるいはケースワークやカウンセリングの機能について知識を得ることは、調停をする上に欠くことができない。しかし、調停委員は、この研修によって法律の専門家になるわけでもないし、ケースワーカーやカウンセラーになるわけでもない。むしろ、何が専門の分野であるかを知り、それぞれの専門家を事案に応じてどう利用するか、利用というと語弊があるが、どういう場合にどういう専門家の手に托すべきか、を知ることが必要なのである。
 もし、法律の研修を受けたために、調停委員は法律を知ることを義務づけられるものと錯覚し、法律の問題までも自分で処理しなければ職責を果し得ないと誤解して、必要な場合にも裁判官の指示を求めることをちゅうちょするようなことにでもなれば、それこそ研修はマイナスになる。自分の無知を知ることこそ、本当に知ることであろう。調停委員は、広い総合的な視野から、人間本来のものを掘り下げて、事案そのものを正しく解明し、その解釈の道を見出していくべきである。調停が人間性と法律との相剋の場であるとするならば、そういう高い智性こそ、調停委員に求めらるべきである。 P12

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2013年01月22日

1月25日(金) 福岡県弁護士会・医療ADRシンポジウム

福岡県弁護士会 福岡県弁護士会 新着情報:医療ADRシンポジウムのご案内

■テーマ:『医療ADRに期待される役割』~より信頼される制度を目指して~

■日時:平成25年1月25日(金) 午後3時~6時

■会場:あいれふホール 10階
福岡県福岡市中央区舞鶴2丁目5番1号

■問い合わせ先:福岡県弁護士会 担当事務局 大西
電話 092-741-6416

(1)全国の医療ADRの状況について 
 渡邊洋祐弁護士(福岡県弁護士会紛争解決センター運営委員会事務局長)

(2)基調報告
 「愛知の医療ADRの状況 ~活発な利用の背景について~」
 中村勝己弁護士(愛知県弁護士会紛争解決センター)

(3)パネルディスカッション
パネリスト 
  ・ 野田健一医師(福岡県医師会・副会長)
  ・ 医療ADR利用経験がある元患者さんご本人
  ・ 入江秀晃准教授(九州大学大学院・法学研究院)
  ・ 中村勝己弁護士(愛知県弁護士会紛争解決センター)
  ・ 植松功弁護士(福岡県弁護士会紛争解決センター運営委員会委員長)

コーディネーター 
 大神昌憲弁護士(福岡県弁護士会紛争解決センター運営委員会副委員長・日弁連ADRセンター医療ADR特別部会委員)

2013年01月23日

『現代調停論』のあとがき

今度出してもらう本の宣伝を。
定価も高くて、そうそう売れないでしょうから。

尊敬申し上げている方、好きな方には、献本致しますので、お待ちいただければ。
尊敬申し上げている方、好きな方の全員に献本するわけにも行かないので、届かなくってもご容赦をください。

どんな本かは、あとがきだけでも眺めていただければと思い、掲載します。
毎度のことながら、えらそーな文体ですいません。


現代調停論 あとがき

 大阪の蛙と京都の蛙という昔話がある。
 京都見物をしようと思いたった大阪の蛙と、大阪見物をしようと思いたった京都の蛙が、間にある天王山の山頂で出逢う。そこで、大阪の蛙は京都の蛙に向かって大阪なんかつまらないから行くのはおよしなさいと言い、京都の蛙は大阪の蛙に向かって京都なんかつまらないからおよしなさいと言う。では、ということで、行き先の街を見下ろしたつもりが、地元の街を見て、なんだ同じようなところだという感想を持ってそれぞれ元の街に帰ることに決める。蛙の目は頭の上に付いているので、立ち上がると後ろの方を見てしまうから、大阪の蛙は京都を見ているつもりで大阪の街を見ていたし、京都の蛙は大阪を見ているつもりで京都を見ていたというオチである。

 わたしは、米国型調停に関する議論を聞いていると、しばしばこの昔話を思い出す。
 米国で近年発展している新しいタイプの調停は、お金のかかる裁判とは異なり、柔軟で実情に即した解決ができるこれからの解決手続だというよくある宣伝がある。しかし、わたしならこの話を聞いても、日本では昔から分かっていたし、やってきたことだと感じてしまう……。 調停の研究において、このような既視感に囚われずに探求の旅を続けることは可能だろうか。
 本書が取り組んだのはこの問題である。高いところからの眺めで見たつもりにならずに、できるだけ近くまで足を運び、直接見えたものを大切にしながら、それぞれの全体像を明らかにしようとしたのである。全ての姿を見尽くした、書き尽くしたとはとても言えないが、これまで取り組んできたものに一応の形を与えられたことに、喜びを感じている。

 本書は、研究者、実務家、政策担当者、そして一般の方々に読んでいただきたいと思って書いた。
 研究者の方々には、批判を賜りたいと考えている。本書のアプローチは、少なくとも近年の日本ではめずらしいはずである。率直に申し上げれば、高踏的な議論に留まりがちな従来の研究への批判を含んでいる。具体的な調停現場で起きている事実関係に基づいた議論のための素材と共に、わたしなりの見方を提示したつもりである。わたしの議論には様々な甘さがあろう。批判を期待している。
 実務家の方々とは、理念に立ち返った議論ができればと考えている。本書は、調停の理念、制度、運用実態についての研究書であって、実践のためのハウツーを示したものではない。(良き実践を具体的に行うための方法についても、いずれ書いていきたいと望んでいる。)しかし、本書は良き実務家の導きで出来たと言って過言ではない。技法は所詮手段に過ぎない。現在及び未来の良き実務家と、調停の実践が意味する理念を語り合いたいと望んでいる。
 政策担当者(ADR法及び司法調停、行政型ADR機関等)が、わたしの議論を相手にしてくださるかどうかは定かではない。しかし、アリバイづくりとしての調停政策・ADR政策でよしとしない方にとっては、いくつかの問題提起を読み取っていただけるものと期待している。国民性が違う、認知度が低い、執行力の問題であるといったこれまでありがちだった議論の延長線上には展望がないことははっきりしている。さらに、弁護士と隣接法律専門職の業際問題として矮小化しないことを切に願う。角を矯めて牛を殺すことがないように考えるべき要素を明確にしたつもりである。
 そして、すべての読者に申し上げたいことは、プレモダン(話し合いによる紛争解決という近代社会以前の古くから存在する活動)ともポストモダン(近代の裁判システムの成熟後に制度化された活動)とも理解できる調停手続と格闘することを通じて、現代のこの社会について、共に考えたいということである。子どもが2人いれば親として調停せざるを得ない。友人グループの中で、あるいは職場で、葛藤と関わりなしに社会生活を営むことは不可能であり、小さな調停活動は至るところにある。調停を考えるということは、われわれの住む社会を考えることである。

 わたしが調停の研究をはじめたのは、当時働いていた民間シンクタンク(三菱総合研究所)での調査研究がきっかけであった。2002年に小さな文献調査を行い、2003年に米国の調停機関11箇所へのインタビュー調査を行った。このときに会った方々から受けた印象が、わたしにとっての調停研究の原点にある。しっとりとしたやさしさ・親切さという印象とともに、芯の強さ・自信・ある種の厳しさも併せ持った魅力を感じたのである。昔の日本人はこういう人たちだったのではないだろうかと感じたことを今でも思い出す。(これもある種の既視感である。)
 その後、調停トレーニング教材の試行作成というプロジェクトや、調停トレーニングの受講、調停トレーニングのトレーナーとしての経験を重ねる中で、現代の調停とはどのような営みを指すのか、どのような意味を持った活動なのかを考え続けてきた。
 そして、2006年から東京大学大学院法学政治学研究科の博士課程に入学し、会社を辞め、調停の研究に専念することにした。本書は、その博士論文原稿を修正してとりまとめたものである。

 未熟な本書ではあるが、多数かつ錚々たる方々の指導と協力を得た。
 全員の名前を挙げることはできないが、博士論文のご指導をいただいたダニエル・フット先生には第一にお礼を述べたい。自分が教員の立場ならここまでつきあえただろうかと思えるほど、多くの時間を割き、粘り強く指導していただいた。まがりなりにも形作ることができたのはフット先生の懇切さのたまものである。日本における現代調停を文字通り切り開いたレビン小林久子先生には、執筆中から励ましていただき、光栄にも九州大学へ誘っていただいた。調停トレーニングの師匠である稲葉一人先生には、常にメンターとして相談に乗っていただいた。東京大学の太田勝造先生、佐藤岩夫先生、石川雄章先生、早稲田大学の和田仁孝先生にも格別のご指導をいただけた。さらに、本書を特徴付ける実務研究への道筋をつけてくださった中村芳彦先生、鷹取司先生、松下純一先生には特にお礼を申し上げたい。様々な団体にもお世話になったが、とりわけ全国青年司法書士協議会の関係者の方々にお礼と同志としてのエールをお伝えしたい。そして、調停トレーニングに参加してくださった方々を含め、わたしの調停に関する考察を深めてくださったすべての方々に感謝を申し上げる。

 本書の編集は、東京大学出版会の斉藤美潮さんにご担当いただいた。斉藤さんの的確な導きを得て、世の中に出せる幸せを強く感じている。なお、本書の出版に当たって平成24年度科学研究費助成(科学研究費補助金(研究成果公開促進費))を受けている。

 最後に、この旅につきあってくれている家族にお礼を述べたい。ありがとう。

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