本:チェックリスト・マニフェスト
今年もよろしくお願いいたします。
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ガワンデ, アトゥール (2011) アナタはなぜチェックリストを使わないのか? : 重大な局面で“正しい決断"をする方法, (吉田 竜), 晋遊舎.
仕事におけるチェックリストの勧めというと、なんだかしょーむないビジネスハック本みたいな響きがあるが、とても面白かった。
さすが、Dr.Haraが拾いものとおっしゃるだけのことはある。:The Adventures of Dr.Hara: チェックリスト
著者は、外科医として、手術における質の向上に取り組んでおられる方。
インド系のアメリカ人外科医で、ハーバード大准教授。
手術の世界では、数十年前までは素朴な知識によって人が救われるという状況だったが、ここ数十年で知識の質量は劇的に増大した。にも関わらず、それを適切に現場で活用することがされていなさすぎるという問題意識が筆者にはある。つまり、不確実状況下における意思決定支援として、素朴なチェックリストが非常に有効、それを布教してまわるぞ、という本。
邦題では、「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」と個人を対象にしているように見えるが、筆者が対象にしている手術の現場は、外科医、麻酔科医、看護婦などの役職の異なるメンバーからなるチームワークが要請されるところである。わたしが特に興味を引かれたのはこのあたりだ。チェックリストが要請する、ごく限られた「名乗り」や短いブリーフィングでもコミュニケーション改善効果があり、それがミスを減らす働きをもたらすようである。社会心理学でいう「受容懸念の解消」というようなことかもしれない。現場の権力関係を変えうる。だからこそ、チェックリストに対する抵抗も大きくなるのだが。ミスが減るだけでなく、離職も減るらしい。
ダメなチェックリストについても記載があった。時間がかかりすぎる、現場からのフィードバックが効いていないものはダメである。巻末には、チェックリストについてのチェックリストが付属。英文版はこちら。
チェックリストは手間がかかるし、面白くない。怠慢な私たちはチェックリストが嫌いなのだ。だが、いくらチェックリストが面倒でも、それだけの理由で命を救うこと、さらにはお金を儲けることまで放棄してしまうだろうか。原因はもっと根深いように思う。私たちは、チェックリストを使うのは恥ずかしいことだと心の奥底で思っているのだ。本当に優秀な人はマニュアルやチェックリストなんて使わない、複雑で危険な状況も度胸と工夫で乗り切ってしまう、と思い込んでいるのだ。
「優秀」という概念自体を変えていく必要があるかもしれない。P198*
人々が手順を充実に守らない理由の一つに、硬直化が怖い、というのがある。機械的にチェックを行っていたのでは現実に対処できなくなる、チェックリストばかり見ていると心のないロボットのようになってしまう、と思い込んでいる。だが実際には、良いチェックリストを使うと真逆のことが起きる。チェックリストが単純な事柄を片付けてくれるので、それらに気を煩わせる必要がなくなる。昇降舵がセットされているか……などの問題をいちいち気にしないで済むのだ。その分、どこに着陸するべきか、などの難しい問題に専念できる。
私が見てきた中でも、ひときわ洗練されたチェックリストを一つ紹介しよう。単発のセスナ機での飛行中に、エンジンが停止した時のためのチェックリストだ。……このチェックリストには、エンジン再始動の方法が六つの手順に凝縮されている。燃料バルブを開く、予備燃料ポンプのスイッチを入れる、などだ。だが、一つ目の手順が最も興味深い。そこには「飛行機を飛ばせ」とだけ書いてあるのだ。パイロットは、エンジンの再始動や原因の分析に一所懸命になり、最も基本的なことを忘れてしまうことがある。「飛行機を飛ばせ」硬直した思考を解きほぐし、生存の確率を少しでも上げるためにそう書いてあるのだ。
P203
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著者によるTEDでのプレゼンもある。