« トレーニングの失敗経験 | メイン | 久しぶりの認証機関:三重県社労士会 »

何か祈るような気持ちです

ADR検討会の議事録を読み返している。

しみじみする発言に出会うことも。

ADR検討会(第38回) 議事録


○綿引万里子委員(東京地方裁判所判事) この2年半の議論を聞いていて、日本にはまだ裁判外の紛争処理というものが全く根付いていない中で法案をつくろうとしたところで、私たちは非常に苦労をしたのではないかと思うのです。これから、何を広報する、何を教育するといったときにも、まだ裁判外の紛争処理というものが、正直なところ、日本にはおよそ根付いていないのだと思うのです。
 なので、今度、初めて認証ADRという形で裁判外の紛争処理というものを法的に認知した。そして、認証制度というものを入れたということで、認証制度を運用される法務省が、これをどれだけ適正に運用してくださるかというのは一つすごく大きなところだと思うので、そこのところは、これが変な規制にはつながらず、かつ、健全なADRの育成につながるように上手に運用していただくというのが今後のために、現実的な意味では非常に大切なことではないかというふうに思うというのが第1点です。
 あと、先ほど座長の方から国会での審議の御紹介あり、三木委員も言われたのですけれども、私も、紛争の解決というのは絶対ペイする仕事ではないと思います。経済的にみてもうかる仕事では決してない。やはり、そこのところを認識して、この制度が動き出さないと、とんでもないことになるというのは間違いないだろうというふうに思っています。
 ですから、ADRというものを、これから何とか日本国における紛争処理の中で位置付けていこうというときに、これが下手なビジネスになっていってしまったら、これはとんでもないことになるんだということはみんなが心しなければいけないのではないかと考えております。紛争処理によって儲けようということでは、決して裁判外の紛争処理というのが健全には成長していかないだろう。
 それでは、儲からないものをどういうふうにやっていけばよいのかというところになると、先ほど三木委員が言われたようなことも一つの政策的な考え方なんだろうと思いますが、やはりADRに携わる方にそういう認識と見識を持って取り組んでいっていただくようにお願いするよりほかないかなという思いです。決してペイする仕事ではないけれども、それが裁判とは別の紛争処理機能を果たすとすれば、儲からなくてもよい解決をという基本理念があって、そういうADRが健全に育っていってくれればと、これは何か祈るような気持ちですと申し上げるよりほかないと思います。
 非常に抽象的なことを申し上げました。
(強調:引用者)

コメント (2)

しみじみしますね。初心にかえり頑張ろうと思います。

ヱ:

ADR検討会はリアルタイムで見ていましたが、当時はわたし自身がわかっていなかったことが多かったなと、改めて読んでみて思います。

コメントを投稿

(スパムコメント対策のため、確認後公開しています。)

About

2010年08月23日 11:41に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「トレーニングの失敗経験」です。

次の投稿は「久しぶりの認証機関:三重県社労士会」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type