とある研究会で、共同調停をやってみたが、好きになれないという方が多かった。
例えば、当事者が考える時間をとっているつもりなのに、相調停人が沈黙に耐えられずに口を挟んでしまうとか、思い通りに進められなかったからだという。
わたしは、共同調停モデルが良いと思っている。もちろん、どちらにも長所短所はあるが。
共同調停モデルが良い点としては、「反省する機会が豊富になる(目が増える)」、「経験を積める」ことにあるとおもう。
共同調停モデルがうまくいかないのは、調停プロセスについて、理念と手続の両面で合意できていない点が多いからではないかという気がする。
共同調停モデルでうまくいかない点を具体的に次に生かせればよいとおもうのだが、自分たち同士の話し合いではそこまで踏み込んで話ができないということかもしれない。
当事者には踏み込んだ話を求めて、調停人同士は踏み込んだ話ができないということがあるのなら、言っていることとやっていることが違うという話になるかもしれない。
不協和音そのものを対話のリソースにするというのが理想だとは思う。
理想通りにやることが難しいということと、理想が明確になっていないということは違うので、まずは何が理想かを考えて、話をすることかなと思う。