湯浅誠[2008]『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』 (岩波新書 新赤版 1124)
ホームレスや、ネットカフェ難民の支援などをされている湯浅さんの著書。
自分と同じ年齢ということもあり、新聞記事などではいろいろ気にしていたが、著書としては初めて読んだ。全青司(全国青年司法書士協議会)の話も177頁にちょっとだけ出てくる。
ホームレスの人がアパートを借りるときの連帯保証人になるという事業を行っている。
そんなことをしてはお金がいくらあっても足りないと言われていろいろな人に止められたが、実際に滞納などの金銭トラブルになるのは5%にすぎず、事業として継続できているということだった。(P126)
本当の意味で「パンドラの箱を開けた」のは、活動のもう一つの柱だった生活相談のほうかもしれない。<もやい>で受ける生活相談は、年々増大し、多様化・複雑化している。<もやい>では、連帯保証人を提供していなくても、生活に困っている人なら誰にでも門戸を開いているので、日本社会における貧困の広がりに比例して、生活相談も増え続けている。対応するスタッフは六年半の活動の中で少しずつ増えてきたが、常に限界を超える相談件数を抱えている。(略)・・ネットカフェで暮らしている二〇代若年ワーキング・プアの相談を受けた後に、年金だけで暮らしが成り立たない高齢者の話を聞き、次には友人宅に居候しているうつ病の女性の訴えを聞く、といった多様さが日常的な相談風景になっている。ときに現今の貧困問題を「就職氷河期世代」だけの問題であるかのように言う人がいるが、それが目立つ部分を表層的にさらっただけの矮小化に過ぎないことは、<もやい>の相談を一日でも見学すれば誰でも理解するだろう。(PP130-131)
個別対応の充実と社会的問題提起、その双方の歯車が噛み合うことは、ある課題について社会的な動きをもたらすための極めて基本的な条件である。しかし残念なことに、一般的には両者が相互に軽視しあう傾向が散見される。個別対応に力を入れる側から見れば、社会的問題提起は現場を「お留守」にした人気取りのように見えてくるし、後者からすれば、前者は原因や構造に目を向けずに個別対応に埋没している自滅路線と見えてくるからだ。しかし、まさに両者がそうした危険性を内包しているがゆえに、お互いの弱点を補い合う連携が必要だ。(P180)