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調停トレーニングを短い言葉で紹介するのがなぜ難しいか

これは、動物園に行ったことがない人に、動物園というものを紹介するようなものだというたとえ話を思いついた。

現実問題として、動物園に連れて行かずに動物園を紹介しようとすれば、「さるがいて、ぞうがいて、きりんがいて・・」という話をするのか、あるいはリスを一匹連れてきて、こんなのがいますと言えばいいのか。

動物園そのものが、様々な制約がある中での自然界をモデル化しようという一つのアプローチだとすれば、常にそのモデル化の思想や方法が問われることになる。
したがって、その問いそのものは、正当なものであるけれども、モデルそのものも一つの現実であるとするならば、それを理解するにはそれなりの手続が必要であるはずだ。

つまり、動物園を理解したければ動物園に行かずに動物園に行った人の話を聞くよりも、動物園に行ってみてそれが何なのかを考えればよいのではないか。そのうえで、動物園ではなく、サファリパークを建築すべきと考えるか、ペットとしての動物とのつきあいだけにとどめるのがかえってよいと考えるか、家畜以外の動物に価値をみいださないのか、それぞれの立場で議論すればよいのではないかとおもう。

とはいえ、「よい動物園」を建設することに問題意識を持っているなら、「動物園とは何か」の説明を求められる場面があるはずで、「動物園に行ってください」以外の説明を誠実に尽くす義務があるだろう。

そこが難しい。

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2008年10月02日 10:32に投稿されたエントリーのページです。

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