読書メモ:
二年前のことだけど、立川で放火殺人事件があった。・・こいつは死刑判決を受けた。今の日本の裁判事例でいえば、当然の判決だ。強殺で二人以上殺したら、ほとんどの場合死刑になるんだ。絞首刑。おまけに放火までしている。だいたいこの男はとんでもないやつだった。暴力的な傾向があって、前にも何度か刑務所に入っている。家族にもとっくに見放され、薬物中毒で、釈放されて出てくるたびに犯罪を犯している。改悛の情というようなものも、露ほども見られない。控訴したって、100パーセント棄却される。弁護士も国選で最初からあきらめている。だから死刑判決が下りても誰も驚かない。僕だって驚かなかった。裁判長が判決主文を読み上げるのを聞いて、メモを取りながら、まあ当然だろうなと思っていた。で、裁判が終わって、霞ヶ関の駅から地下鉄に乗ってうちに帰ってきて、机の前に座って裁判のメモを整理し始めたんだけれど、そのときに僕は突然、どうしようもない気持ちになった。なんていえばいいんだろう、世界中の電圧がすっと下降してしまったみたいな感じだった。すべてが一段暗くなり、一段階冷たくなった。身体が細かく震え始めて、とまらなくなった。そのうちうっすらと涙まで出てきた。どうしてだろう。説明できない。その男が死刑判決を受けて、どうして僕がそんなにうろたえなくっちゃならないんだ? だってさ、そいつは救いがたくろくでもないやつだったんだ。その男と僕とのあいだには、何の共通点もつながりもないはずだ。なのに、なぜこんなに多くの感情を乱されるのだろう? P144